れみ姐さんの小部屋

脳内垂れ流しております。

アイドリング(3)

 その晩、彼らは深く愛しあった。とでもいけば話も美しいが、実際は二人ともいつものように眠った。彼女はシングルのベッドで、彼は最初はそこにいるのだが、必ず途中で床に座りなおして眠る。狭さも落ち着かないし、彼女の体温も落ち着かない。ひんやりした床と、ぼんやりした頭が自分の膝を中心にしなだれかかるのがなんとも気持ち悪く、心地良かった。彼女の方はというと、そのせいで毎朝罪悪感に苛まれる。彼が好きでそうしてるといくら言っても、ベッドに埋もれて暖かく眠るという幸せが万人に通じないわけがない。自分のせいで、彼がそうなってしまっているという感覚が抜けないのだ。それは、一種の傲りにも似ていたが、彼女がそれを自覚することはなかった。彼女だけではない、世の中の大半の人間が、自分の幸せを他人の幸せと並べ、比較し、優劣の中で生きている。極ありきたりで、極当たり前なこと、世の常でしかない。
 二人は此処で寝食をともにしているが、身体を重ねることは殆どなかった。恋人と言っていいのかよくわからなかった。お互い、好きであることは確かだった。だが、好きの出処も、好きの在処も、よくわからないのである。お互いが求め合ってまぐわうことは皆無に等しかった。どちらかの欲求が周期的に高まったとき、どちらかがどちらかの欲を満たすことに貢献している、といったような関係性だった。
「しよ」「して」「せんの?」彼女は台詞で端的に性欲を表した。一方彼は満月の夜の狼のように、手つきや目つきや、ともすればもう一目瞭然のシンボルでそれを現した。どちらともなくなだれこむことは、本当に一度もなかった。