れみ姐さんの小部屋

脳内垂れ流しております。

アイドリング(2)

 彼はもともと、どちらかといえば寡黙だった。自分の事をベラベラ話すのも、他人の話を頷きながら聞くのも、億劫で仕方なかった。たった一人、彼女の話だけは不思議と受け入れることが出来た。快活でもなく、鬱蒼ともせず、ころころと笑いながら、とりとめなく話す。あっちにあった話がこっちにいったり、そっちにあった話があっちに転がったりはよくするが、とても楽しかった。ただ、それは自分の気の向いた時だけのこと、彼は、聞く気がない時は彼女の話も耳に入れなかった。そういう気性で、変える気もなかった。
 彼女はというと、闇に気を取られている彼の事を疑問に思う以前に、何故自分が彼の隣にいるのかということを何度も疑問に思っていた。しかしそれは闇を思う彼よりももっと難しい問題で、幾ら考えたところで彼女の気が晴れることは一度もなかった。惹かれ合う、なんて体のいい言葉で片付けるには華やかさが足りなさすぎるし、なんとなく、では誤魔化されている。ぴたっと当てはまる言葉には、まだ出会えないでいる。
 潮騒と磯の香りは車の窓を開けていなくとも、幾分か漂ってきた。ざぁん、という不定期なリズムに眠気だけが募る。
「もう帰ろうやあ」
 ドアを少しだけ開けて呼びかけてみる。返事は無い。
「ねえっちゃ、もう、かえろーやあ」
 彼女からの二度目の申し出に、彼は応じた。聞こえない声で、ん。とひと言だけ。広い背中と高い身長は彼の少し深い彫りを更に際立たせた。暗がりでよく見えないが、無精髭が伸びている。運転席に乗り込んだ彼の肩にちょこん、と頭を乗せ、彼女は彼の胸を叩いた。
「なん」
「なんもない」
「なんなん」
「ん、なんもない、喉渇いた」
「なんもなくないやんか」
「コンビニ寄って」
 静かに流れるジャズのボリュームを少しだけ上げて、彼女は10分後には飲み干しているであろう缶コーヒーを思った。ホットの熱すぎる缶が、飲み干すと急激に冷えていく様。温かい時は重宝してちまちま飲んでいく癖に、冷えきった途端びっくりするほど邪魔でしかなくなる。温かい時には気にならなかった糖分も、冷えるとベタベタと缶にまとわりつくようになる、あの感じ。わたしと彼も、そうなるのだろうか。若しくは、我慢しているだけで、最早そうなのか。そうこうしている間に車はコンビニの駐車場に停車した。カフェオレのホットね、と伝え、自分は外に出ないことにした。だってなによりも、冬は嫌い。寒い。

 カフェオレだと伝えたら、彼はレジで作れるタイプのカフェオレを湯気を立てながら持ってきてくれた。あはは、これかー、彼女は笑いながら、ま、これなら、冷めてもはよ捨てたいとは思わんか、とぼそっと言った。彼は不思議そうな顔をしながら、自分は缶のおしるこを飲んでいた。やっぱり、変。彼女は再認識し、口元だけで笑った。何故か、目元には涙を浮かべていた。おしるこを見て、急に未来が見えないことを感じて悲しくなった。

つづく